世界報道写真展は京都国際写真祭(2023年4/15~5/14, 主催 一般財団法人KYOTOGRAPHIE, 共催 京都市、京都市教育委員会)の一部でサブタイトルは「レジリエンスー変化を呼び覚ます女性たちの物語」です。何らかの強いストレスを受けた女性たちがレジリエンス(=自己回復力)を発揮している記録という意味のようです。
最近は報道写真という言葉をめったに聞かないので、どうなっているのだろう?と興味を持って行ってみたのです。
この世界報道写真展はジャーナリスト向けの講座や世界規模の写真コンテストを主催するオランダの非営利法人World Photo Pressが毎年各地で行う巡回展のひとつです。内容は最近のコンテスト受賞写真です。
ザンジバル諸島では家父長制のもとで女性の水泳は避けられていましたが、高い溺死率を下げるために泳ぐすべを身につけた生徒がひとに教えることが進んでいます
報道写真ですので、全般に写真が言葉に従属しているのはそうなのですが、それは必ずしもストレートに主張のための挿絵をして使われているというわけでもなく、なにやらコマーシャルフォトに近いテイストです。たしかに、告発よりもレジリエンスに注目するのは現代的といえるでしょう。
コロンビア内戦における女性兵士を長期にわたって共に生活しながら捉えています。その方法を「スロージャーナリズム」と名付けているそうで、コンテスト主催者であるWorld Photo Pressは、「このシリーズは、女性兵士の後遺症や戦争参加についての他の写真とどのように異なっているのでしょうか?」と問いかけています
たしかに興味深いこころみですが、レジリエンスとは本人自身が生活のセルフマネジメントを自ら回復していくプロセスを促進するはたらきですので、その過程を本人が撮影するのがよりふさわしいということにならないでしょうか?いまでは誰でも写真を撮ることができますので、本人の見た風景を見てみたいとわたしなどは素朴に思います。
他者である撮影者であっても、レジリエンスを支援してケアをする関係者であっても視点は外からの視点です。また、フォト・ジャーナリストは「人に見せる」写真を撮る技術に長けているでしょうが、それは実際に起きていることに接近することとは別の話です。
フォト・ジャーナリズムに限らずジャーナリズムは近代国家を支える有力なシステムでした。プロパガンダや宣伝から離れて事実に接近しようとするのは貴重な試みですが、また別のあやうい場所にいるようです。

